高波で命を落としそうになった6歳の江ノ島の旅から50年、ついに上陸

 

「あの場所へ行きたいなあ」とマインド(脳)が強く願っても、どうしても辿り着けない時があります。

それは心の整理・準備ができていないからですよ。

 

という実体験の話です。

鎌倉・江ノ島巡礼の計画

今年のゴールデンウィークに、探究仲間からの提案で、グループで鎌倉・江ノ島を巡礼する計画を立てていました。

ところが前日に父の体調が急変し、私はグループの中で一人だけ不参加となってしまいました。

予定していたルートは、

 

銭洗弁財天宇賀福神社 → 龍口明神社 → 江島神社 

 

お金を洗い、お金にまつわる感情を浄化し、水の恐れを手放す巡礼道でした。

 

nocco
あ、やっぱり。今回も江ノ島に行けなかった。

 

行けなくなった当日、私はそう思いました。

私はなぜ江ノ島へ行けないのだろう、、、それにはこんな過去があったのです。

江ノ島にたどり着けない理由

昭和46年8月末、家族4人で江ノ島海岸に海水浴に行きました。当時私は6歳でした。

おそらく父の仕事が忙しかったせいだと思います、ようやくに休みが取れたのはすでに海水浴ベストシーズンを過ぎた8月も後半でした。

その日は江ノ島は台風が近づいてきていて、すでに海岸に打ち寄せる波は荒くなっていました。(鮮明な記憶があるわけでなく、両親から聞いた内容です。)

でも、「せっかく海水浴に来たのだから!」と家族で波打ち際で遊ぶ私たち。

弟は小さいので母に抱かれ、私はその横にいました。

 

そんな時、突然高波がやってきました。

波に引っ張られそうになった私は、必死に母の腕を掴みます。でも母は両手で2歳の弟を抱いていて、自分で立つことで精一杯。私を守る余裕はない。

私が自分でつかまっている母の腕を離したら、そのまま一人、波と一緒に沖に流されていったと思います。それほど激しい波でした。その波は、はいていたサンダルを片方、一瞬にして奪っていきました。

 

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当時の写真。母と弟と。サンダルを失う前に撮影したもの。(父が撮影)

 

たった6歳なので当日の記憶は断片的なのですが、生きるか死ぬかという感覚と、怖くて母の腕をぎゅっと掴んでいた感覚は覚えています。さらに、この体験は、

 

6歳のnocco
海って、とても怖いところなんだ。。。

 

という強い思いとなり、水に対する恐れは、自分の中にはっきりと刻まれました。

 

その後なぜか母は、事あるたびに「あなたはあの時、江ノ島で死んでいたかもしれない」と私に話しました。本人にとっても過去の辛い思い出だったに違いありません。同時に私の記憶も、この繰り返しによってさらに深いところに刷り込まれていきました。

そして、江ノ島の海水浴以来、家族で海水浴に行くことは一度もありませんでした。

 

小学校の臨海学校では、私は怖くて海に入ることができませんでした。毎日砂浜に座って見学しました。

毎年行われていた学校のプール実習も大嫌いで、何かと理由をつけてプールサイドの見学組にいました。。

 

小学校高学年になると、母は、当時流行っていた水泳教室に私と弟に通わせることを一方的に決めてしまいました。自分の子どもたちを何とかして泳げるようにしたかったのだと思います。

土曜日の午後、大きなプールの水泳教室がある隣駅まで通います。

母が私たちと一緒に行って見送り、プールサイドで待って一緒に帰るというパターンでしたが、それも始めの数回のみでした。

そのうち、弟が必ず土曜日の昼になるとお腹が痛いと泣き出すようになり、毎週その教室を休むようになりました。弟も水泳が嫌いで、先に逃げ道を見つけたのでした。

 

そんな理由で、結局母からは「noccoちゃん、悪いけど一人で行ってちょうだい」と言われるようになり、片道30分の道のりを一人歩いて通うことになりました。

濡れた髪に帽子を被って、暗い帰り道を一人歩く切なさ。今もはっきりと思い出します。

 

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お母さん、私もプールが嫌い、行きたくない!

 

と素直に母に伝えられない自分。母の言われるがまま。

習いに行っても全然うまく泳げない。なじめない。お友達もできない。行きも帰りもひとりぼっち。

何もかもが嫌でした。

 

水泳は苦手なまま大人になりました。

大学時代に小学校教員資格を取るために水泳の必修課題がありましたが、単位欲しさに無謀にも50メートルプールに飛び込んで溺れ、同級生に助けてもらいました。

さらに、20代の頃、江ノ島に遊びに行こうと誘われたことが何度かありましたが、台風が来たり、予定そのものが急にキャンセルになったり。江ノ島にどうしてもたどり着かないのです。

本当に不思議でした。

50年ぶりの江ノ島上陸

冒頭にお話した通り、2021年5月にもまた江ノ島に行くチャンスを逃してしまいました。

そして翌月の6月、めげずにメンターと探究を続けながら再度行く準備にトライしました。

今回はメンターに同行してもらい二人で行くプランでです。

高波で溺れかけた年からちょうど50年後のことでした。

 

今回、江ノ島に辿り着くまでに、沢山の隠れていた感情が浮上して、じっくり時間をかけて自分と向き合いました。

それは、水の恐れ、さらにはお金に対する自分の思い込み。かなり複雑で深いものです。それらを冷静に振り返って正面から向き合わない限り、江ノ島には行くことができなかったのです。

母からコントロールされていたことを正直に認めることでもありました。

 

旅の最後に、江ノ島の先端の稚児の浦で、波の目の前で過去の思い出を振り返り、感情を手放すイニシエーションを行いました。

今日は、その当日のルートをたどりながら、記録に残したいと思います。

 

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江ノ島・稚児の浦のイニシエーションはここで。

 

鎌倉・江ノ島巡礼ルート

1銭洗弁財天宇賀福神社

お金を洗う、お金の意識を浄化する神社です。全国的に有名なので、ご存知の方が多いと思います。

ここで、自分のお金に対するこだわり、執着心を手放す祈り・コミットメントをしました。

当日、鎌倉駅で降りて向かいました。急な坂道を登って、山の中腹にあります。

 

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銭洗弁財天入り口はこちら。

 

入り口を入るとすぐ、山の中にある洞窟のようなトンネルを潜ります。

私にとっては「洞窟」は、夢にも出てきたとても大切なアイコンのような存在です。ドキドキします。

 

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こんな洞窟を通り抜けて中に入ります。ミステリアスですね。

 

 

お金を洗って祈り、次に少し山を登ったところにある上之水神社でコミットメントをしました。お金に対する執着心と仕事中毒の手放しです。

梅雨時の怪しい雲行きでした。急に大雨が降ってきました。全身濡れました。

 

そんな中でも各所で祈りを終えて、最後に休憩していると、今度は強い太陽が急に現れて晴天に早変わり!

なんと絶妙なタイミングなのでしょうか。

さあ、次へ行きましょう!

と、言われているのだと思いました。

多くの存在が、私たちが江ノ島に無事に着くまで見守り、心配してくれていることをダイレクトに感じる瞬間でした。

 

2龍口明神社

銭洗弁財天から徒歩で鎌倉駅まで戻り、次は龍口明神社へ向かいます。

鎌倉駅から龍口明神社までの行き方は2通りありました。

直通バスを使うルート①と、電車&モノレールを乗り継ぐルート②です。

 

駅前のバス乗り場に行くと、そのバスは出発した直後。結果的にモノレール使用のルート②を選びました。

途中のモノレールに乗り換える大船駅で、メンターとの会話しながら自分のある感情が浮上しました。

それは深く隠し持っていた私のある感情。モノレールに乗り換えをしたからこそ気づいたものでした。

 

巡礼の旅は、その日すべてが気づきの連続。

その時は何気なく過ぎてしまっても、
後で振り返ると「ああ、そうだったんだ」と気づきます。

 

物事が起こるのは偶然なのではなく、すべて起こるべくして起こっている必然。

それに自分が気づくことができるか、できないか、だけなのです。

 

西鎌倉駅へ着くと、さきほどの雨は止み、真夏のような日差しが降り注いでいました。

徒歩で龍口明神社へ向かいました。

龍口明神社は、江島神社と対となる龍神様が祀られているところで、江島神社に行く前に必ず参拝するのがよい、と江ノ島に詳しい探究仲間が教えてくれました。

 

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龍口明神社。駅からここまではずっと上り坂が続きます。予想以上にハードです。笑

 

力強く清々しい空気の漂います。

 

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龍口明神社、本殿を臨む。

 

ふと、社務所で盛り塩セットが目に止まり購入しました。道中、リュックにその塩の重さがこたえましたが(笑)。

 

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こんな龍神様の絵があります。

 

3江ノ島

次はいよいよ江ノ島です。

ルートはまたもや2つありました。

ひとつは西鎌倉駅から直行で江ノ島まで行けるバスに乗り、弁天橋を過ぎて鳥居の目の前で降りるルート①。歩く距離は短くてすみます。

もうひとつは、西鎌倉から湘南江ノ島駅までのモノレール、終点の湘南江ノ島駅から徒歩で弁天橋を渡って入るルート②です。

バスの方が楽よね、と思いつつも、今回も次のバスのタイミングが合わず、モノレールのルート②に決まりました。

 

終点駅で降りると、まもなく目の前に美味しそうな定食屋さんが見つかり、二人で引き込まれるように中へ。席もちょうど空いていました。

江ノ島では昼食探しは一苦労と聞いていました。それなのに全く探し回らず、行列せず。美味しい昼食に出会うことができました。

 

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私は生しらす&アジのたたき定食。

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メンターは食べたかったアジフライ定食。このアジフライはファンも多いそう。ふわふわ、カリカリ。

 

あらかじめ計画通り、予定通りに行こうとマインド(脳)だけで焦ってもうまくいかない。

流れに身を委ねてリラックスしている必要はここでも十分体験できました。

江島神社参拝

ついに江ノ島です!

 

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弁天橋から江ノ島を臨む。背中側が江ノ島海岸。

 

弁天橋を渡りながら、50年前に溺れそうになった海岸を振り返りました。ようやく来ることを許された、長い道のりだったなあ、と。

今日こそ水の恐れを手放す日です。

 

歩いて橋を渡ってすぐ、江ノ島スパが右手に見えました。このスパも就職したいと思ってトライした時があったけれど、ご縁がなかったことを思い出しました。

弁財天仲見世通りの坂を観光気分で登りながら、途中、岩本楼にある弁財天へご挨拶。

さらに登って朱の鳥居まで来ました。ようやく待ちに待った江ノ島巡礼がここから始まります。

 

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ここまではちょっと観光気分で登ってきましたが、ここからは気持ちを引き締めて巡礼です。

 

体力のない私に合わせて、メンターと二人、エスカー(エスカレーター)を利用しました。贅沢?だけど体力温存。あっという間に登ることができました。

 

島の中には、三つの宮があって(辺津宮・中津宮・奥津宮)、その総称が江島神社、それぞれの宮に、水にまつわる女神が祀られています。女性性のエネルギーがあふれる柔らかなエネルギーを感じさせるところでした。

辺津宮で祈り、八坂神社でご挨拶をして、さらに上を目指します。中津宮へ。

朝の銭洗弁天での大雨が嘘のように晴天に恵まれ、途中で見える景色も素晴らしいです。

 

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中津宮から海を臨む

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中津宮。優しい空気に包まれています。

 

そして、奥津宮。

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奥津宮。荘厳な雰囲気です。

 

なぜかよくわからないけれど、私にはとても落ち着く場所でした。気に入りすぎて、かなり長い時間、滞在しました。

そして、次に龍宮(わだつみのみや)。

以前TVで江島神社の中でも最強のパワースポットとして紹介されて、人気エリアになっているそうです。(私たちが訪れた日は、時間的にも混んでいませんでしたが、普通は行例しているらしい)

春には、白麒麟も訪れたらしいですね。

 

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龍宮。(帰りに撮影したので扉は閉まっています)

 

余談ですが、、、中津宮、奥津宮の周辺に、金運を司る木があるそうで、探しましたが「ここだ!」という木は見つけられませんでした。

稚児の浦

稚児の浦は、江ノ島の最先端。

奥津宮からさらに階段を降りていくと、目の前に海が広がります。そこが稚児の浦でした。

水が怖い私は、波打ち際までなかなか行くことができず、足がすくみました。気持ちを落ち着かせて、メンターとゆっくり歩いていきました。

ようやく岩場まで辿り着き、座り、水の恐れを手放すための内観、イニシエーション。

今までの水に関する怖かったこと、溺れたこと、全てを思い出して、それを手放す作業です。

水が嫌い、海もプールも大嫌い。そんな感情が頭の中を巡りました。

何か重いものがすっと外れて、軽くなった感じがしました。

太陽が降り注ぎ、輝く海を見ながら浄化されていきました。

50年という長い年月を要しました。

 

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稚児の浦での祈り。

 

私的旅情報

今回は、鎌倉と江ノ島で手に入れたもの。

巡礼中に思いがけず目に入るものは、必然で出会うもの。意味があります。思い出にもなり、いつも大切にしています。

 

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銭洗弁財天にて。

 

銭洗弁財天宇賀福神社にて手に入れたもの2つ。

左はジップロックになっていて、洗って濡れたお金を入れて持ち帰ることができます。

右は幸運を呼び込む銭亀。鎌倉時代の源頼朝公の時代から福を招く縁起物として使われていたそうです。お財布に入れたり、クローゼットにしまってもよいと書いてありましたが、私はまだ大切に飾っています。

 

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江島神社の絵馬。

 

江島神社の絵馬。宗像三女神と龍神に乗っている姿。全体の色も可愛らしいです。

 

とうとう上陸できた江ノ島は、怖いところではなく、心穏やかで癒される場所でした。

自分の内側を見て準備して、整理して、やっと来ることを許されたのです。どんな感情を持っていたのか、何がブロックしていたのかを、目を背けずに見つめ、理解したからこそ、でした。

来てよかった。時間がかかったけれど、ここまで辿り着くまでに、関わってくれた沢山の人たち、沢山の存在の思いを身近で感じ、ただ感謝でいっぱいです。

 

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最後に立ち寄った江ノ島大師。

 

 

nocco
今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。
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